似非随想録

「幻によろしくな」

アブノーマル運動

「なんや変なことがしたいわあ」など思いながら、冬。
起き抜けの朝は凍えるぐらい清潔で、せやけど夢とはものごっつ二律背反、ゆえに残酷、ゆえに清潔。なんや遣る瀬無いわぁ、とか。
寝惚け眼でかつパジャマ、スリッパの片方は行方知れずのまま半分素足で立ったキッチンで淹れたつくりもんでもなんでもないほんまにほんまもんの大人飲料からふんわり立ち上るまるでニセもんみたいに幻想的な湯気をぼんやり見てたねん。右手で持った気に入りのスヌーピーのマグカップのなか、愉快にゆれとるなんやえらい宇宙みたいにはてしのーてくろ-てにがーいハタメタにアチアチな液体なんぞをズゾゾと啜りつつも味蕾は非情で非常に没感動的。利き手でない幻の左手は自動的に煙草を求めており、けれども当然そんなもんはどこにも見当たらへん。そうしていつも「ああ、なんかめちゃさびしい」ということを『ピコン』って思い出す。
コーヒーを飲み干してのち、空っぽになったマグカップを破壊、その破片を食器洗剤でひとつずつ丁寧に洗い上げてからゴミ箱へ。ぼくは昨晩に林檎を切った包丁を左手に持ってパジャマなカッコのまま素足をスニーカーに突っ込んでお散歩と洒落込みましてん。

商店街は外国の祭典仕様にお化粧されて、その惨憺たる様やほんまえげつないレベルの豚に真珠。奇異の目でぼくを避けて歩くジジイとババア。なんで? なんでなんやろか? そんなこんなしてたら遠からず近からずな形而下からなんともまあけたたましい音。鈴の音やないのやで。真っ赤っかやったけどトナカイのお鼻でもないのんな、これが。白黒の車から出てきたんはあわてんぼうのサンタクロースやなくてぽっと出の兄ちゃんふたり、ほんで彼らは言いました。「おっさんがそんなもん持って歩いたらあかんやないの」「逮捕やで」遠巻きに見てたババアも言いました。「死刑にせえ」するとジジイも同調。「集いし願いが新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」
「せやな」「それもそうや」「ただしいわ」「ほんだらいきましょか」そして構えるリボルバー。それはちゃんと6回転、空気は破裂しもって劈くは悲鳴。ぼくは思う。この世じゃほんまいのちいくつあっても足りまへんわ。
「自分あと何基あんの?」言うてポリスメン、わんわんわんと鳴くこともせんとまあ、それってほんま見事な職務放棄やと思いますけど。セントバーナードもそうおっしゃってます。ね、オンジィ? せやけどそれはそれやんか、ぼくは応えた。「わからへんけど、朝からごっついさびしいねんやんかあ。これはにゃんで?」
そんなぼくを脇目にもうひとりのポリ公がなんや無線機に囁いてた。「迷子、保護しました」

ぼくは迷子なんか。そっか、そうなんや、ほんだらぜんぶ合点いくわな。だって迷子なんやもん。そらそうやんか。ほんだらなんもわからんかっても当然やんか。正解やんか。だって迷子なんやから。

そんなこんなで警官ふたり刺し殺して、それでぼくの散歩は続きます。ときどきぼくを避ける人を捕まえて、ぼくは聴きました。拝聴しました。「自分は何基なん?」そしたら近所の勇気あるクソガキどもがセブンアップの缶をぼくに投げつけてきた。スコンとかポカンとか、そんな音で命中するもんやからぼくはだんだんわらけてきて、そのまま道のまんなかでうずくまってしもてんな。ほんだら少年Aがぼくに言う。「おまえなんかふつうのくせに、おかしなふりして、へんなんな。あんたいったいなんなんな? どうなりたいんな?」知らんやんそんなん、ぼくが聞きたいわそんなこと。そんなぼくに少年Aはしつこい。「ふつうのくせにへんなふりすんな。みんなへんになってんのにな、がんばってんねん。みんながんばってんのにな、せやのにな、おまみたいなな、ぜんぜんへんにもなんにもなれてない、なってないおまえがへんなことすんな。ちゃんとしろ。ちゃんとしろや。お願いやから、ちゃんとしてくれや」終いに少年Aは泣いてしもた。「おとなのくせに……おとなのくせに……」
つられてぼくももらい泣き。それで無事ことなきを得た、なんてそんなわけはなくて、まあそのあとしっかり7回、ぼくは少年を刺し殺したとさ、おしまい、で終われたらどんだけええんやろね、人生。緞帳とか、そんなちゃんと降りへんもんなんちゃうの? ぼくは死んだことないからまだなんにもわからへんねんけど。みんな人生のアマチュアなんやろ? おまえもそうは思わへん?

 『すみません、よくわかりません』
「なんや変なことがしたいわあ」
『すみません、よくわかりません』
「ああ、なんかめちゃさびしい」
『それはおもしろい質問ですね』
「ぼくはあたまがおかしいんやろか」
『私には意味がわかりません。よろしければ「ぼくはあたまがおかしいんやろか」をインターネットでお調べしますよ』
「なんや遣る瀬無いわぁ」

 ほんでぼくは会話のできへん不出来なAIの世界に包丁突き刺して壊したってわけ。なんや遣る瀬無いわぁ、とか思いながら。もうどこにもない煙草を利き手でない幻の左手で探しながら。ほんでぼくはいつも突然やってくるもう今後一生やってこおへんかもしへん『ピコン』の瞬間を待ち続けてるってわけ。なんでってあんた、そらな、それだけ、ほんまにその『ピコン』だけがな、ぼくを迷子から脱迷子へと誘うこの世で唯一の信用に足るものなのだからだよ、など。死とはちゃうねんで、断じて死とは。起き抜けの寝惚け眼にはなーんにも見えてへんままやけど、凍える冬にはそんなことを思う。